なぜロジカルシンキングからイノベーションは生まれないのか?

ANKR DESIGN
2021-05-14

こんにちは!ANKR DESIGNです。https://ankr.design/ 私たちは、最先端のテクノロジーを活用したプロトタイピングとデザインリサーチを強みとする、東京のサービスデザインスタジオです。 今回は、今後ますます新規事業創出で求められていくであろう、ロジカルシンキングに限らない考え方・リサーチ方法についてお伝えしていきます。 ◇ さて、いざ新規事業創出やプロダクト改善を担当することになったとき、どこから着手すべきでしょうか。 一般的によく用いられるものとしては、マーケティングリサーチが挙げられます。市場規模について分析し、既存のプロダクトとどうやって差別化・優位化を図るのか、潜在顧客はどれぐらいいるのかなどを検討する手法です。 こうしたリサーチで重視されるのは、データに基づく論理的な仮説、すなわちロジカルシンキンです。定量的なデータに基づき、論理的に仮説を積み上げていくことで、説得力のある提案ができる、というわけです。

しかし近年、こうしたロジカルシンキングが通用しなくなってきていると思われるケースが多々見られます。これには3つの理由が挙げられます。

(1)情報取得のハードルが下がり、差別化・優位化が難しくなったこと
(2)データの正確な収集が困難なため、ターゲットがズレること
(3)社会の変化速度がとてつもなく早くなり、たとえデータが揃っても手遅れになりやすいこと インターネットの普及により、情報取得のハードルは確実に下がりました。それ自体は喜ばしいことですが、それは競合他社にとっても同様です。ロジカルシンキングは、「データに基づいて論理的に仮説を積み上げれば、誰でも同じ結論を導き出せる」ことを前提とする思考法です。ゆえに他者への説得力が担保できるわけですが、得られるデータが変わらないとなると、エッジの効いた提案がなかなかできません。 また、情報取得のハードルが下がったとはいえ、そもそも正確なデータを集めることは困難です。定量的なデータを集めようとすると、どうしても数字化できない背景の情報が捨象されてしまいますし、一方でインタビューなどを通して定性的なデータを集めようとしたところで、「ユーザー自体が自分の望むものをわかっていない」ということが往々にして起こる以上、どうしても限界が存在します。 さらに、ビジネスやユーザーを取り巻く環境の変化が著しく早くなっています。たとえ十分なデータを集め、それに基づいてプロダクトの開発・改善を行おうとしても、完成する頃にはすでに時代遅れだった……ということになりかねません。 たしかにロジカルシンキングに基づき、マーケティングリサーチを行うことは、説得力のあるプレゼンを行ううえでは有効でしょう。しかし実践面でどれほど有効なのかと言われると、疑問が残ります。

重要なのは「問題解決」よりも「問題設定」

現代社会の性質を表す概念として、「VUCA」という言葉がしばしば用いられるようになりました。これは変動性(Volatility)、不確実(Uncertainty)性、複雑性(Complexity)、曖昧性(Ambiguity)の頭文字を取ったもので、ビジネスや市場における、さまざまな不安定要素を表しています。

こうした既存の手法や考えが有効でない環境下においては、プロダクトの見た目をすげ替えた「リノベーション」ではなく、ときにはユーザー自身も自覚していないような、真のニーズに迫った「イノベーション」が求められます。

近年、「デザイン」がビジネスにおいて注目を集めているのも、まさにこうした文脈によるものです。一般的にデザインといえば、「見た目を整える」ことが主な役割と見なされてきましたが、そうした認識は急速に過去のものとなりつつあります。経産省が2018年、「デザイン経営」宣言を発表したのは、その象徴的な出来事といえるでしょう。

スタートアップにおいては言うまでもありませんが、大企業の新規事業部門においても、デザインに対する投資は年々大きくなっています。「イノベーションを実現するうえで、デザイン的な視点が不可欠である」という考えは共有認識となりつつあります。

では、なぜデザインがそこまで重要視されているのでしょうか。

先にも述べたように、デザインとは「見た目を整える」ことだけを意味しません。デザインをするうえでは、人々と向き合い、人々にとって価値のあるものがなにかを考え、具現化していくことが必要です。すなわちデザインとは、良いプロダクトを作るうえで試行錯誤を繰り返す行為そのものなのです。

とはいえ、何の理論もなしに、手当り次第に試行錯誤するというわけではありません。そこには「デザインリサーチ」という明確な手法があります。デザインリサーチは、日本だとまだあまり知られていない言葉ですが、欧米では近年急速に注目が高まっており、日本でも数年以内には一般的になると考えられます。

デザインリサーチの目的は、新しい何かを作るため、あるいは現状を良くするために、人々を理解して、本質的なニーズを探し出すことです。いいデザイン、プロダクトを提案するためには、そもそも解くべき課題を適切に設定しなければなりません。ここが疎かだと、見た目がよくても誰も手に取らないプロダクトになってしまいます。

顧客がどのようなニーズを抱えているのか、彼らが心のそこではどのような未来を望んでいるのかを把握し、それをしっかりと問題として定義すること。ビジネスにおける「問題解決」の重要性は言うまでもありませんが、「はたしてそれが本当に解くべき問題なのか?」と問いかけ続けることは、それ以上に重要です。デザインリサーチが働きかけるのは、まさにこの「問題設定」の部分であり、それはよいプロダクトを生み出すうえで、必須のプロセスなのです。

「着想」と「実装」が重要な時代に

デザインリサーチは、人々の生活を理解するところから始まります。代表的なリサーチ手法としては、インタビューや参与観察、あるいはワークショップが挙げられます。いずれにせよ、人々がどのように仕事をしているか、人々がどのように遊んでいるか、そして人々がどのように毎日を過ごしているかを観察・体験します。

一般的なマーケティングリサーチと異なり、デザインリサーチでは「定量的なデータ」を主眼に置きません。むしろリサーチを通して、解決するべき問題を定めるべく、「インスピレーション」を獲得することが目的です。

もちろん、こうして得られたインスピレーションは、このままだと単なる仮説の域を出ません。デザインリサーチが質的な調査である以上、客観的なデータに裏付けされているわけではないからです。また質的な調査の常として、リサーチをする側はかならず何らかのバイアスを持っており、掴み取れない情報も多く存在します。こうした条件を踏まえながら、見出した問題がはたして「解決」に値するものなのかどうかを、しっかり検証しなければなりません。

ゆえにデザインリサーチにおいては、「プロトタイピング」が決定的に重要になります。プロトタイピングはものづくりのプロセスのなかで広く使われる言葉ですが、特にデザインにおいては仮説を検証する作業そのものを指します。定量的なデータの収集に代わり、簡易的に作ったモックやビデオ、場合によっては寸劇のような形でユーザーに体験してもらうことによって、彼らの抱える問題に対する解像度を高めていきます。

人々との対話からインスピレーションを得て仮説を作り、プロトタイピングを通して仮説を検証するーーこの2つをクイックに繰り返していくことが、これからのあらゆるビジネスにおいて必要になってくるでしょう。


資料をつくるためではなく、プロダクトをつくるための手法を

デザイナーは元来より、人々のニーズや課題を発見するプロでした。家具をはじめとしたおなじみのプロダクトも、デザイナーたちが人々の生活を観察することで生まれています。それは時代が移り変わり、テクノロジーが急速に進化していっている現代においても変わりません。

ハードウェアにせよソフトウェアにせよ、あるいはサービスにせよ,そこには常に「利用する人々」が存在します。彼らとの対話や生の体験を通して、深いレベルでのニーズや要望を見出し、実際のプロダクト開発につなげていくこと。さらには多種多様な利害関係者への影響を踏まえつつ、プロダクトの価値を最大化すること。そのためにはプロダクトそもそもの存在意義や本質的な価値について、徹底的に考え抜かなければなりません。


私たち株式会社アンカーデザインは、多種多様なクライアントとともに、デザインリサーチに取り組んでいます。大企業とスタートアップ、あるいは新しいプロダクトの創出と既存プロダクトの改善で、必要なデザインリサーチの内容は異なりますが、いずれもリサーチを通してプロダクトに関わる人々に対する理解を深め、プロダクトの価値創出、価値向上に貢献してきたと自負しています。


いずれにせよ大切なのは、単にパワーポイントの資料を作るためではなく、プロダクトを洗練し価値を向上させるために、デザインリサーチを行うことです。それこそが正しいプロダクト、人々に受け入れられるプロダクトづくりにつながると、私たちは信じています。イノベーションというのも、そうした志と努力の積み重ねから生まれるものではないでしょうか。


(文・石渡翔

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