デザイン経営を会社に取り入れるために必要な7つの要素

ANKR DESIGN
2023-07-21

社内にデザインを取り入れれば、会社の経営がうまくいく。そんな話を聞いたことはあるけれども、なかなか実行に移すのはハードルが高そう...と一歩踏み出せず困っている方も多いのではないでしょうか?

そこで本記事では、「デザインを自分の会社にも導入してみたい」と考えている人に向けて、次にとるべき行動を具体的に想起できることを目的に導入に必要な要素や実際の成功事例を紹介していきます。

まずは具体的に「社内にデザインを取り入れるために必要な要素は何があるのか」を調査してみました。経済産業省は、デザインの力をブランドの構築やイノベーションの創出に活用する経営手法を「デザイン経営」と呼んでいます。デザインは国としても経営資源の1つとして着目されており、2017年7月には有識者からなる「産業競争力とデザインを考える研究会」の議論がなされ、2018年5月に報告書『「デザイン経営」宣言』としてその結果がまとめられています。そこではデザイン経営を実践する上で必要な要素として、以下の7つが挙げられています。

出典:デザイン経営のための具体的な取り組み https://www.meti.go.jp/report/whitepaper/data/pdf/20180523001_01.pdf

  1. デザイン経営者(CDO,CCO,CXO等)の経営チームへの参画
  2. 事業戦略・製品・サービス開発最上流からデザインが参画
  3. 「デザイン経営」の推進経営の設置
  4. デザイン手法による顧客の潜在ニーズの発見
  5. アジャイル型開発プロセスの実施
  6. 採用および人材の育成
  7. デザインの結果指標・プロセス指標の設計

ここではデザイン経営を実践するためには、これら7つの要素を組み合わせ、取り組んでいくことが必要だと述べられています。

事例紹介

ここまでで導入に必要な要素を理解できましたが、実際にはどのような実践事例があるのでしょうか。デザイン経営を会社に取り入れ、成功している事例を調べてみました。いくつか成功の定義はあると思いますが、ここでは「デザインの事例として評価されているのであれば、デザイン経営としても成功しているのではないか」と仮説を立て、グッドデザイン賞を獲得している事例に着目してとりあげていきます。

事例1:ヤマモ味噌醤油醸造元(以下ヤマモ味噌)

ヤマモ味噌は江戸時代から続く、老舗の蔵元です。建築家をかつて目指していた当主の高橋泰さんは、「自分たちの企業は一体何者なのか?」を改めて定義し、リブランディングを実施しました。その過程で刷新されたパッケージデザインが高く評価され、2013年グッドデザイン賞を受賞しました。

https://yamamo1867.com/

事例2:ジャクエツ

ジャクエツは「あそび環境で未来を作る」という理念のもとで、幼児保育の教材教育の企画から魅力的な街づくり・コンサルティングまでを行う会社です。子どもが健やかに成長できる環境を再考したいという思いから、2015年外部のデザイナーを巻き込む外部組織「PLAY DESIGN LAB」を設立しました。この取り組みから生まれたおもちゃ「PLAY RING」が評価され、2019年グッドデザイン賞BEST100を受賞しています。

https://www.jakuets.co.jp/

事例3:SMBC

三井住友銀行はここ数年でデザインを抜本的に導入し、成功した会社の1つです。支店取引を補完するデジタライゼーションに取り組む中で、ユーザの顧客体験を向上させることの大切さに気づき、初めて外部からデザイン人材の採用を決定しました。

そこから社内にデザインリテラシーを浸透させ、アプリを大規模に刷新することによって、2019年・2021年共にグッドデザイン賞受賞を果たしています。

https://www.smbc.co.jp/

事例4:さがアグリヒーローズ

さがアグリヒーローズは、佐賀県による農業の6次産業化における新事業の名称です。

佐賀市が公募で選んだ5組の農家を対象に、デザイナー・クリエイターなどをアサインしクリエイティブチームを結成しました。そこから4年間に渡り、商品開発から広報計画まで一気通貫で行い、全農家の売上が1000万に到達。農業分野にデザイン経営を取り入れ、パッケージを整えるだけでなく事業開発まで力を入れたという取り組みの内容や、圧倒的な売上結果から2022年グッドデザイン賞BEST100受賞に至りました。

https://saga-agriheroes.com/

事例分析

ここで取り上げた4つの事例の中に、先述した7つの要素はどのように含まれているのでしょうか。事例と要素を照らし合わせながら検討してみました。

事例1 ヤマモ味噌

当主がデザイン参画することで「1.デザイン責任者の経営チームへの参画」+「2.事業戦略・製品・サービス開発最上流からデザインが参画」

ヤマモ味噌の事例の特徴は、後継者自らの手でリブランディングを仕掛けていった点です。

当主は幼い頃から「自らの家業をダサい」と思う感情が拭えず、中学生の頃から建築の道を目指していました。しかし大学4年の進路決断時に、「自分が死んだときに後悔するような選択はしたくない」と、大学院に進む道を諦め、家業を継ぐという道を選びました。その中でも、入社して1年経っても「味噌醤油屋なんてダサい」と思う気持ちは変わりませんでした。そこで「このままダサいと思いながら家業を継ぐのは意味がない、自分が決めて進んできた道だからこそ自分がダサくないと思えるような産業にしてしまえば良い」という考えに至り、家業を「ダサくない」産業にしようと、会社全体のリブランディングを行っていったのです。このように、当主の立場から会社全体の経営にデザインを取り入れていったという点で要素1「デザイン責任者の経営チームへの参画」が当てはまると言えます。

リブランディングとして具体的には、依頼がないのにも関わらず、日英表記のパッケージや外国語対応のホームページの作成など通例に流されず制作し続けました。これは、元々海外展開を視野に入れていたことも影響しているといいます。制作する上で、気をつけていたのは過去を見直すことだといいます。「味噌醤油屋は、昔から作られてきた伝統を売る商売だと思うんです。海外でどうやったら売り出せるか考えたときに、歴史ある蔵元で醸造した味噌と醤油だからこその付加価値をつけることができます。伝統を再構築し、リブランディングしていく。そうすることで海外展開はできると信じていました。」と当主の高橋さんの思いが記事で述べられていました。このようにただ製品を作るのではなく、事業戦略という最上流の視点からデザインを行っているという点で要素2「事業戦略・製品・サービス開発最上流からデザインが参画」も当てはまります。このような取り組みの結果、家業を継いでから2年目で台湾と取引が始まり、5年目で本格的に海外と取引することが決定したのです。

まとめると、後継者自らがデザイン責任者として経営チームに参画しながら、最上流からのデザインに携わっているという点で、『1.デザイン責任者の経営チームへの参画』と『2.事業戦略・製品・サービス開発最上流からデザインが参画』が当てはまります。本来であればデザイン責任者やデザイナーは経営者と一致しないことが多いのですが、ヤマモ味噌では経営者自らがデザイナー及びデザイン責任者となって活躍しています。現在もパッケージデザインの刷新など商品のリブランディングに留まらず、カフェの設立や蔵内見学ツアーなど新しい取り組みに挑戦しています。新しい取り組みを始めた当初は、内部から反対する声も多かったそうですが、お客さまの反応など結果を見せることによって、10年かけて段々と周りから信頼され実績を積み上げました。

図 ヤマモ味噌での蔵内見学ツアー(https://yamamo1867.com/booking/

事例2 ジャクエツ

様々な分野のプロフェッショナルと協働することで「4.デザイン手法による顧客の潜在ニーズの発見」

この事例は異なる分野のプロフェッショナルが協働する場で、新しい遊具をデザインしていく仕組みが特徴です。設立当時からモデル園を用いて、効果検証を行うなどいち早くデザイン経営を実践していたジャクエツですが、直近では外部との連携にも力を入れています。例えば、2015年に「PLAY DESIGN LAB」という、様々な分野の専門家が携わることで子どもの遊びを深く研究するための組織を立ち上げました。ここでは子どもたちを取り巻く環境をより良くするために、子どもの研究家と広く横断的に協働できる場を作ることが目的とされています。この研究所から開発された遊具の1つが「PLAY RING(下図)」です。

図 PLAY RING(https://www.playdesign-lab.com/report/entry/1931より引用)

制作者である建築家の鈴野氏は様々な国に行くたびに「日本の公園に置かれている遊具はただ置かれているだけだ」と違和感を持つようになりました。その発見と「現状の幼保環境として園庭がなく、遊具を設置するスペースが確保できない」という現状の課題を組み合わせ、コンパクトでありながら360度好きな方向から子どもたちが思い切り遊ぶことができるような遊具「PLAY RING」を開発しました。このように、今まで関わっていなかった異分野のプロフェッショナルがかけ合わさることで、制作者独自の観点から顧客にニーズを発見することができるといえます。これは建築家という立場から幼児を捉えたからこそ制作できたおもちゃであるという点から、4つ目の要素である『デザイン手法による顧客の潜在ニーズの発見』が当てはまります。

事例3 SMBC

外部からデザイン人材を採用することで「6.採用及び人材の育成」→「2.事業戦略・製品・サービス開発最上流からデザインが参画」→「5.アジャイル型開発プロセスの実施」→「3.「デザイン経営」の推進組織の設置」

この事例は、デザイナー採用から開発体制を整えるまでのスピード感が特徴的です。

SMBC社内では、これからの時代スマホを操作する若者に「選ばれる」銀行であるためにはUI/UXの向上は欠かせないと考えていました。しかし、当行のデジタル分野での顧客満足度は、他行に比べてかなり遅れをとっていました。会社内に危機感があったこともあり、まずは3000ページあるWebサイトの全面刷新やインターネットバンキングのリニューアル、アプリ開発に着手することとなりました。

そこでの開発時に外部のデザイナーから改善のアドバイスをもらうタイミングがあり、このときのやりとりの中で顧客視点に立った的確な指摘をもらった経験が、SMBCが本気でデザインを考えるきっかけになったそうです。このタイミングから、業務委託ではなく社員としてデザイナーを採用し、銀行自体が新しい時代に合わせ内側から変えていくことが必要であると考え、リテールIT戦略部というデジタル分野の企画・開発・運用を手がける部署ですぐさま外部採用に動き出したのです。このように、実際にデザイン人材を採用しているという点では要素6「採用及び人材の育成」が当てはまります。

最初は全く社内の仕組みが構築されていない状態からのスタートであった上に、周囲の行員にもデザイナーが未知の存在として捉えられていました。そこでインハウスデザイナーとして採用された金澤さんと金子さんは、まずは信用を得るためにバナー・社内ポスターとグラフィック制作の仕事から始めました。そこから少しずつ案件に混ぜてもらい、信頼を獲得していくことで、社内におけるデザインリテラシーを高め、サービス開発上流からデザイナーが参画できる状態を構築しました。ここではグラフィックを作ることにとどまるだけでなく、上流からデザイナー参画できるような体制を整えていたという点で、要素2「事業戦略・製品・サービス開発最上流からデザインが参画」が当てはまります。

またアプリ開発時にも大規模な検証実験を行うなど、アジャイル型開発を実施するなどの開発体制が整ったのです。このアジャイル型開発については、デザイナー採用に至った理由も関連してくるそうです。採用に期待していた点について、IT戦略部の小西さんは以下のように述べています。「欧米ではインハウスデザイナーを置く金融機関は多く、アプリをアジャイル開発している事例を多数見たからです。開発初期段階から内部にデザイナーがいないと、良質なサービスをスピーディに実現することはできません。」このように当初の目的であったアジャイル開発も開発体制の改善によって達成されるようになりました。これは7つの要素でいうと、要素5「アジャイル型開発プロセスの実施」にも該当しています。

また、グッドデザイン賞の実績や「SMBC DESIGN」名義のnote執筆などの広報活動を行う中で、同じ行内の遠い部署からも相談されることも増えました。これまではSMBCという開発者の視点だけで企画をどんどん進めてしまったことが原因で、結果的に理想の顧客体験にならないこともありました。しかし、企画前にデザイナーに相談する流れが根付き、着実に良いものが作れるようになってきています。このように社内を横断してデザイン業務を行える文化があるという点では、要素3の「「デザイン経営」の推進組織の設置」」が当てはまる事例と捉えても、差し支えないでしょう。

事例4 さがアグリヒーローズ

県がデザイナーと農家をつなげることで「2.事業戦略・製品・サービス開発最上流からデザインが参画」+「7.デザインの結果指標・プロセス指標の結果を工夫」

この事例においては、県の事業として地域のクリエイターと農家を単発的に繋ぐのではなく、長期的に彼らを結びつける体制を作ることによって、事業戦略など最上流からのデザイン導入を可能とした点が特徴的です。

プロジェクトでは、公募で選ばれた5つの農家に対してそれぞれ佐賀県庁がデザイナー・クリエイターをアサインすることでチームを結成し、ヒアリング〜支援プランの作成・提案〜企画検討・実践との過程を踏むことで事業を加速させていきました。

例えば参加農家の1つである平田花園では、まず事業を整理することから始めました。経営者の平田さんはカーネーションの種類の多さが強みであると思い込んでいましたが、クリエイターの先崎さんは真の強みは「カーネーションを作る技術」であることに着目し、その技術を応用できる唐辛子を開発することにしました。その目論みは成功し、現在はこの唐辛子を観光資源として生かそうと「唐津ピリカラ協会」との動きも立ち上がっています。このように製品だけでなく、事業戦略からクリエイターが参画しているという点から、7つの要素と照らし合わせると要素2「事業戦略・製品・サービス開発最上流からデザインが参画」が該当します。

図 開発された七味(https://saga-agriheroes.com/heroes/hiratakaenより引用)

6次産業において核となるのは、商品のあり方・広報のあり方であり、その優劣を決めるのはクリエイティブ全般の活用であると言われています。一方で、よくある行政の施策は単発的に行われることが多く、万全の支援と言えるものではありません。今回のさがアグリヒーローズの事例においては4年間という比較的長期間の取り組みであったからこそ、ロゴマークやパッケージといったグラフィックにとどまらず、事業の整理そして開発まで行うことができたのです。まさに、上流からデザイナーが参画できているからこそなし得た結果であるといえます。

売上額に着目すると、事業3年目終盤にはどの農家も販売額が1000万円増を達成しているところが、他の行政施策と比べ大きな成果です。この事業の施策がどのように売上に結びついたか直接的に示されてはいませんが、売上額という点では、要素の7つ目にある『デザインの結果指標・プロセス指標の設計の工夫』の結果指標と結びついていると言えます。

結論

これまでの調査を踏まえ、得られた示唆をまとめていきます。

『「デザイン経営」宣言』で示されていた各要素と事例の対応関係は以下の図のようになっています。

反映が難しいと考えられる要素

要素3「「デザイン経営」の推進組織の設置」は反映しづらい

今回の事例の中では、デザインの部署は1つでありつつも、社内を横断したデザイン業務を行っているという点でSMBCが一番近いものだといえます。一方で、この項目のようにデザイン部門が社内で重要な場所に位置付けられるのは、ハードルが高いものだと言えるでしょう。理由としては、重要な立ち位置に着くためには、社内全体でデザインの重要性を理解してもらう必要があることが推測されます。そういった点で、社内部門に組織内のどこかにデザイン部門を導入できたとしても、横断型の組織を設置するのはハードルが高いと言えます。したがって、SMBCの事例のように社内の1つの部門に焦点を当て導入していくのが最短距離の施策であるでしょう。

要素7「デザインの結果指標・プロセス指標の設計」は反映しづらい

デザインを導入したのち、それを直接的に企業価値を高める指標として捉えるのは時間がかかると言えます。経済産業省の調査においても、会社においてどのような指標でデザインを評価するか判断が分かれているところです。例えば、グッドデザイン賞や知的財産法のように外部の評価を元にしている会社もあれば、製品数や売上・スピードという商品の上での出来栄えの指標をあげている企業もあります。今回挙げた事例、さがアグリヒーローズでも「1000万の売上」が1つの達成目標となっており、グッドデザイン賞の受賞理由の1つとしても挙げられていました。調査の範囲ではプロジェクトの中で売上をデザイン経営のKPIとしてどれくらい定めていたかはわかりませんでしたが、デザイン導入前にいかに効果が得られるか指標として示しづらいことはデザインを会社に導入していく上でのハードルとなりえると言えます。

また、デザインの結果指標とプロセス指標の捉え方についても大きく違いがあることが予想されます。先述したように売上拡大やデザイン賞受賞という観点で、デザインを導入した結果を評価することはできる可能性はありますが、導入する上での過程を評価することは未だ難しいと言えます。実際に今回取り上げた事例以外でも、調査する中でうまくプロセス指標を捉えている会社は見当たりませんでした。どのようにデザインを経営の中で評価するかについては、引き続き注目していきたいトピックです。

デザイン経営の取り入れ方について

デザインを経営に取り入れる上でこういった取り組みをすれば正解というものはありません。例えば、今回は要素2つ目「事業戦略・製品・サービス開発最上流からデザインが参画」に当てはまる事例が多かったですが、その取り入れ方は大きく異なります。ヤマモ味噌の事例では当主自らがデザイナーとして参画している一方で、SMBCは外部からデザイナーを採用することでサービス開発上流からデザインが参画できるような体制を社内で整えています。また、さがアグリヒーローズでは4年間という短期間の中で外部のクリエイターと農家の人が協働することで事業戦略から製品開発まで携わっています。自分の会社にあった施策をとっていくことで、デザイン経営を少しずつ取り入れることが大切であると言えます。

以上が今回の記事となります。少しでもデザイン経営を会社に導入する上で参考になると幸いです。

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