利益から離れたデザインは、「厄介な問題」に深く向き合うトリガーとなる

ANKR DESIGN
2022-01-20

今日、非営利的にデザイン活動を行うプロジェクトや組織が緩やかに増加しています。なぜ彼らは短期的な収益を求めない非営利的なデザイン活動を選ぶのか、そしてこれは何を意味し、何をもたらすのでしょうか。過去から現代に至るまでに「デザインの対象」がどのように変化してきたかを明らかにし、いくつかの事例が向き合う問題に焦点を当てることで、非営利的なデザイン活動の意義や必要性を考察します。

Non-Profitでデザインする背景

ここで表現するNon-Profit(非営利)のデザインは、デザインプロセスや成果物に短期的な報酬を目指さず、公益を求めることを目的としたデザインプロジェクトです。そして、こうした非営利のデザインプロジェクトや組織が生まれた背景には、共通して「厄介な問題」の存在が垣間見えます。


そこで本稿ではまず、デザインにおける厄介な問題という概念の定義と、非営利のデザインにどのように繋がるのか、から話を始めます。


厄介な問題とは、「定式に当てはめても解決することができない」問題を指します。近代化に伴って多様性に溢れた社会は、同時に大きな複雑さも伴って発展を続けています。現在までに残っている「厄介な問題」は、予めもうけた指標に基づいて評価するだけでは解決できません。


厄介な問題について、川崎和也さんが監修・編集された「SPECULATIONS 人間中心主義のデザインを超えて」では下記のように定義されています。


解決に先駆けて定式化できず|判定する規則がなく|解について言えるのは良いか悪いかであり|解を確実に評価できるタイミングはなく|常に一度限りのものであり|すべての解を書き尽くせず|すべての問題は他の問題の微候とみなしうる|すべての問題は本質的にユニークであり|問題をどう捉えるかは、様々な方法で説明できる|そして解決者は許されず責任は取らなくてはいけない


この定義を見ると分かるように、デザインの対象となる現代の事柄は、初めから明白な解決の方向性を決定することが困難で、プロジェクト中の作りながら反応を見て切り替える「アドリブ」が重要となるのです。


厄介な問題と、非営利のデザインに関連性を見出したのは「営利目的を持っていると、プロジェクト進行や発足そのものの足枷になるケース」が増加しているためです。例えば、経済的余裕がないコミュニティを対象とする場合、利益が出るか、という議論以前に、現場でやってみることでしか効果が「ありそう」かが判断できない場合、デザインプロセスで得た洞察や分析の結果と情報を公開して共有知にしたい時など、常にデザイン成果物の利益の確保とトレードオフになるでしょう。

こうした観点において意図的に営利目的を逃れることで成立するデザインの分野に強く目が向けられ始めています。次章以降では、具体的にどのような分野で非営利なデザインが有効なのか、事例をもとに3つの観点から考えます。


ボトムアップとMake-a-thon

この章では、デザインと人々(ユーザー)の関係が大きく変わりつつある点について取り上げます。デザイン(Design)と人々(People)の関係性は、古来はDesign for People、つまり「デザインの画一的な適用」でした。これは狭義のデザインとも言われる従来の作家思考的デザインに近いでしょう。


それが、現代ではDesign with People、つまり「共に作る」を考える時代へと突入し、未来にはDesign by People、つまり当事者が進んでデザインする振る舞いを手助けする手段になると言われています。例えば、これを読んでいる方々が愛用しているサービスのほとんどが恒常的な「完成」をしてはいないでしょう。毎月のようにアップデートが実施され、細かなユーザビリティの改善から驚くような新機能まで、幅広く変化しています。その裏では、ほとんどの場合、実際に使っているユーザーにインタビューをしたり、KPIに基づくユーザー動向の観察をしています。


デザイナーがトップダウン的に、ユーザに押し付けてもどうしても実際の生活とは齟齬があります。よって、プロダクト開発においてもユーザやクライアントとともに、ワークショップを行い、開発を「共創」するスタンスを持とうとする企業が増えていることは、自然な流れと言えます。そうした状況で、Make-a-thon、メイカームーブメント、ボトムアップ等のキーワードとデザインの繋がりがだんだんと波及し、市民権を得てきています。このセクションでは、ボトムアップ的アプローチから、対象となるコミュニティがいかにデザイン意識を持つか、そもそもの問題を認知するか、という問いに挑んだ事例を紹介します。


草の根、ボトムアップの重要性

そこで紹介する事例は、IDEOの非営利部門であるIDEO.org中心となって設立した「Billion Girls CoLab」です。Billion Girls CoLabはシュアルヘルスに関するソリューションデザインを行うことを目的としていますが、ユニークなのはただ解決策の考案をするのではなく、「少女たちが主体」となって考えることを原則的なスタンスとしていることにあります。


その背景として、彼らは「少女達こそが主体的に未来を創造し、解決のツールを持っているのにも関わらず、部屋いっぱいの大人がワークショップをデザインする現状がほとんどである。」と語っています。


そこで、Billion Girls CoLabは大人と子供がCo(共に)作る状況を積極的に生み出すことで起こり怒りうる相乗効果に期待し、「より協力的に、より草の根的に、自分たちの生活に影響を与えるサービスのデザインを推進するためのスペースとツールを展開する」という補助輪的態度に徹する方針を立てています。


では実際、子供たちが考える子供のためのワークショップはどのような発見があったのでしょうか。Make-a-thonワークショップの結果と洞察をまとめる「Makeathon Summary Report」では、一貫して子供たちが持つ「遊ぶ」力が大きなアウトサイドイン思考のトリガーとなっていたことが語られています。


大人と子供が混合した複数のチームで行われたワークショップでは、例えばあるチームが、壁全体を窓にすることで男性が女性の視点で公衆トイレを体験できる「見えるトイレ」を考案しました。つまりゴミ箱も水道もなく、完全に露出したトイレです。外にいる参加者は笑いながら指をさし、多くの女の子が直面する、女の子向けではないトイレでの恥ずかしさや不便さという実情をリアルに伝えています。このアイデアが生んだ当の本人は、ちょっとした遊び心からだったそうですが、結果的に「遊びは、共感を生む。」という洞察を得られたと語っています。


Billion Girls Makeathon Summary Reportより、ゴミ箱も水道もない、丸見えのトイレ「Machoo Choo」というアイデア

IDEO.org 「How Can Play Rebalance Power in Design?」より引用


別のチームの事例として、「将来、避妊具をどのように配送してほしいか」という問いに対するアイデアとして生まれたのは、複数の層に分かれたパッケージのドローンでした。それは一番上の段には実際の生理、避妊用具、2段目には教育情報、3段目には避妊法についてのパンフレットが入ったキットになっている構想です。


レポート内では、このアイデアの素晴らしい点として「遊びは、制約を超えた夢への想像力を掻き立てる」ことを挙げています。「遊びの中では、自分の中の批評家を黙らせて、これまでとはまったく違う、想像もつかないような現実を想像することができる。」と綴っています。

Billion Girls Makeathon Summary Reportより生理用品の届け方を示唆する「Diva Drone」


IDEO.org 「How Can Play Rebalance Power in Design?」より引用


次章にも続く話ですが、ただ単にトレンドを予測するのではない、非線形的な未来を洞察することは、現代のあるべき姿、現代の課題を表象させる上で非常に重要な観点となります・


以上のように、彼らは子供たちが持つ「遊び」の力をデザインする行為に紐付けたことで、共創関係を作っただけでなく、一つ一つのアイデアが、固定化された認識から逸脱し、より共感を生み、よりユニークな未来を洞察した結果となっています。


自助とレジリエンス

地域システムの向上を図る観点として「自助(自分で自分を守る事)」、「共助(周りの人たちと助け合うこと)」、「公助(公的支援のこと)」に分類された議論が度々展開されます。このうち、自助は、健康維持のための運動、食生活の災害時に備えた積極的な備蓄や避難先の認識、などが該当します。そして、自助の仕方の一つとして「レジリエンス(resilience)」は登場します。回復力と訳されるレジリエンスは、一度窮地に立たされた状態で、いかにその状況を脱して回復するか、さらには繰り返して苦境を味合わないために、いかに予防線を貼るかという観点の必要性を示している概念です。


つまり災害や健康問題を起きないように努める態度だけではなく、「起きた後に立ち直り、繰り返さない」ことも自助に包含されるのです。

事例:低所得者のためのコーチングアプリ

前章と同じくIDEO.orgが立ち向かったのは、低所得者が貯金をする余裕がないために、将来を見据え経済的に豊かになるためのライフプランを持てない状況にあるという問題です。


対象地域となるアメリカでIDEO.orgが行なったリサーチによると、47%もの人々が、万が一のための400ドルの貯金を用意できていません。ファイナンシャル・コーチングを行う機関や専門家は、こうした問題にも対応するために窓口を設けていますが、肝心の低所得者たちは、あまりコーチングを求めていないといいます。それは、コーチングの継続は難しいというイメージが形成されてしまっていることが原因となっています。つまり、仕事やパートナー、家族を優先し、そして必然的にそれらについてまわる出費をやりくりしなくてはいけません。コーチングを受け行動を変えるコストは割に合わず、コーチングを受けようとする人の約50%が、最初の面談だけでやめてしまう現状が生まれているのです。


この問題に向き合う際、コーチング提供側のオペレーションの限界も考慮しなければならなりません。多くの場合、コーチとの面談がある時にのみ話が進むため、公助の側面が大きいシステムとなっています。しかし、最初の面談のみで音沙汰がなくなってしまった人々を気遣って、電話やメールで状況を確認する余裕まではありません。コーチングを受ける人々の側に、より積極的に、より熱心にライフプランの改善を図りたいというモチベーションが存在し続け続なくてはなりませんが、先述の通り、より優先すべき日々の生活にそれはかき消されてしまうため、現在のオペレーション体制と相性が良くありません。


つまり、求められるのはコーチが常に見張っていなくとも、ある程度の継続が可能になる「自助」行動の割合を増やすことにありました。そこでIDEO.orgが開発したのは、コーチのサポートシステムとして、コーチングを受ける人々のやるべきことリストを整理するのに役立つチャットボットでした。


このチャットボットアプリでは、対話型のシステムによってクライアントの現在の状況を把握し、ゴール達成までに必要な行動を、簡単で手軽に実行可能なサイズにまで分割し提示します。そして、そのステータスを連携したコーチング機関に提供されるのです。


このプロダクトの興味深い点はコーチとなるチャットボットに明確な「性格」を与えたことにあります。IDEO.orgはリサーチから「元アメリカ合衆国大統領バラク・オバマの妻であるミシェル・オバマやアメリカの俳優でテレビ番組の司会者のオプラ・ウィンフリーのような人物に経済状況に関するアドバイスを受けることが魅力的」であると結論付けています。彼女らは、「やる気を起こさせながらも説教臭くなく、知的でありながらも批判的ではないというバランスをとっている」印象がある点で非常に秀でているということが分かったそうです。そこで、チャットボットのビジュアル、口調、モーションなどさまざまタッチポイントに彼女らをモデルにしたデザインを反映しました。

ファイナンシャルコーチプロジェクトで生まれたキャラクター


IDEO.org 「A Digital Financial Coach for Low-Income Americans」より引用


こうしてできあがったチャットボットが、行動難易度の高くないネクストステップをコーチングを受ける人々に提示し、完了したらリアクションをします。その連続によって、コーチング外の時間における経済的苦境に伴う孤独感を和らげ、モチベーションの持続を可能にし、自助としてのファイナンス管理を実現しています。


未来洞察

厄介な問題に対処するための代表的なアプローチの一つが、現代を批判的に観察し未来のビジョンを想像することで、現代の問題や、進むべき方向性を決定することです。世界の不確実性が高まる中で、あるべき姿や、あり得て”しまう”未来の提示によって、例えば現代における先端技術が未来のシナリオの中でどう日常化するのかをつぶさに認識することができるのです。こうしたデザインは特にスペキュラティヴ・デザインとして広く扱われます。


しかし厄介な問題についての未来の想像をする上で、冒頭で紹介したロジカルシンキングでは、局所的なトレンドの考察に終始してしまいます。つまり線形的な未来です。ビジネスモデルのスケールとしては有用かもしれませんが、本質的な問題に触れず表面的なソリューションの提供に終わってしまう懸念があります。線形的な思考プロセスでは辿り着かない非線形的な未来の洞察をするには、現代をクリティカルに見て、デザイナー特有の創造的発想とを組み合わせ、ある種の突拍子もないアイデアに現実味を持たせるアブダクション的アプローチが必要になります。


事例:ピンクの鶏

https://pinkchickenproject.com/#what

Nonhuman Nonsenseは、研究主導のデザインによって近未来の物語を提示し続けているデザインスタジオです。この姿勢はデザインリサーチの中でも特に、「アート主導のデザインリサーチ」と呼ばれます。テクノロジーに関する倫理的問題を、ただ文章化するのではなく、ビジュアル化することで、直感的に問題提起を知覚できるのです。


消費のため、そして直接的な便益を図るためではないデザインを追求している同スタジオが生み出したのは「鶏をピンクにする(Pink Chicken Project)」構想でした。人類の文明が地球規模で地質や生態系に与える影響に着目した地質区分として「人新世」が盛り上がりを見せる中、同スタジオはこの概念を日常化するためにニワトリに着目しています。


ニワトリは食用として、毎年600億羽もの数が殺され、その骨が地層に明確な痕跡を残しています。もしこの状況で、「遺伝子ドライブ」という特定の遺伝子を偏って遺伝させる技術を使ってもしニワトリの骨や肉をピンクにしたらどうなるか。未来において、飲食店で提供される料理の一部がピンクになり、さらにその先の未来においては、明らかに異質な色の化石が発掘されることになるでしょう。

鶏がピンクになった世界におけるフード

Nonhuman Nonsense 「PINK CHICKEN PROJECT」より引用


このストーリーは我々消費者の生活の裏に、人間の活動がどれだけ他の生物に影響を与えているかをグロテスクなまでにはっきりと示す事例です。


終わりに

「積極的な機会発見によってアウトサイドイン思考を持ち、現代をクリティカルに観察することで創造的なアウトプットに繋げる実験的社会実装型」であることを前提に据えてなお、デザインという資本に利益が結びついているがゆえに、目を瞑るしかなかったデザインの対象になりずらかったコミュニティや状況が存在します。


前章までの事例は、そうした時流を意図的に逸脱したことで、デザインのあり方を拡張するプレイヤーとしても、その職能を活用しているのです。そのため非営利的にデザインすることをスタンダードとした組織は各所で発足されはじめており、いわばデザインNPOとして方向性の開拓を行っています。分岐した新たなスタイルはDesign by Peopleへの未来に対して、大きな知見と文化をもたらすことになるはずです。

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